今月の提言


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5月の提言:『ゲーム理論の活用で意思決定を変える!』

今週の週明けはゲーム理論のナッシュ均衡で知られるジョン・ナッシュ氏の訃報で一気に目が覚めた。筆者はかつて本提言にて、企業の意思決定にゲーム理論を活用すべきと述べたことがある。今月はナッシュ氏を偲んで、改めてナッシュ均衡の意味やゲーム理論の有用性について述べてみたい(注1)。

ナッシュ氏が21歳の時に発表した珠玉の論文「n人ゲームの均衡点」はわずか1ページだが後の経済学の発展に大きく寄与した。この論文はナッシュ均衡の存在を角谷の不動点定理を用いて証明したものだ。ナッシュ均衡とは、他のプレイヤーの戦略を所与としてどのプレヤーもベストな戦略を選んでいる状態をいう。ナッシュ均衡を満たす戦略が選択された場合、どのプレヤーも他の戦略をとると不利になるため戦略を変えず現状に留まる。ナッシュ均衡はゲーム理論の基本的概念としてその後の理論の発展に寄与し、角谷の不動点定理の活用は一般均衡理論における均衡点の存在証明のツールとしての道を拓いたといえる(注2)。

ナッシュ均衡を含むゲーム理論が、ビジネスのみならず政治や人々の行動に関わる領域で注目されているのは予測可能だからだ。つまり、ナッシュ均衡を予測ツールとして活用するのである。例えば、コンビニの出店立地をナッシュ均衡によるゲーム理論モデルで予測する手法が知られている(注3)。

ところで、欧米のビジネススクールでは、戦略的意思決定をゲーム理論のフレームワークを用いて教えている。欧米企業の戦略をみるとゲーム理論のお手本のようなケースが見受けられるのは、このへんに起因するかもしれない。

例えば、米国のシアーズが通販で信頼を得るために導入した返品制度は、シグナリング・ゲームの代表例である。日本でもエディ・バウアーやギャップなどの米国のカジュアル・ファッションの店は返品制度を前面に出してビジネスを行っている。返品は品質を訴求する効果のあるシグナルなのである。消費者は品質の悪い製品を提供する企業は、コスト高になって返品制度が成り立たないことを知っているからである。

外国企業のみならず、日本企業の行動もゲーム理論で説明できる。例えば、かつてのJALとJASの経営統合のケースをみてみよう。日本の航空業界はこれまでメガキャリアが3社であったが、以前より世界的にみてキャリアが過剰との指摘があった。このため3番手のJASの戦略が業界で注目されていたのである。結論からいえば、JALにとって独占禁止法上ANAとの提携・経営統合は出来ないことを前提にすると、「JASとの提携・経営統合の実現」か「ANAとJASとの提携・経営統合の傍観」の戦略オプションがあった。後者では従来のJAL単独での利得を確保できないため、防衛的に前者を選択したとみることができる。

2004年9月28日にヤマト運輸は郵政公社を提訴したと発表した。ローソンでの郵政小包「ゆうパック」の取り扱いは、不公平な取引に該当するので中止せよというものだ。このケースもゲーム理論からみれば、ヤマト運輸の提訴は当然だ。もし中止になればローソンのみならず他のコンビニへの波及も防げるので、ヤマトの利得は増加する。もし中止に至らない場合でも、郵政公社の不公平さを世間に知らしめた結果、ヤマトの利得にはマイナス効果があっても、郵政公社の利得の大幅増加を抑制すると期待される。もっと単純に考えて、提訴することによってヤマトの「損失を最小限」にとどめることが出来るのである(これを「ミニマックス戦略」という)。

このように企業の取り巻く環境は、自社の行動のみならず他社の行動や思惑によって利害が左右される「戦略的環境」にある。日本企業においても、ゲーム理論のフレームワークを使った戦略的な意思決定の定着化が求められる所以である。しかしながら、日本企業の現状は経営トップの属人的な戦略眼による戦略的意思決定を除いて、経営スタッフがゲーム理論的発想で戦略オプションを検討して意思決定をサポートしている企業は少ないといえよう。欧米企業がゲーム理論の研究成果を活用して意思決定に生かしているのとは大違いである。

筆者はもし日本企業がゲーム理論を経営のツールとして効果的に活用すれば、戦略的意思決定の質は格段に向上すると考える。ナッシュ氏の功績に改めて注目することで、先ずは経営トップがその有効性と活用方法を理解してほしい。そして、経営幹部や経営企画スタッフにゲーム理論を修得させるべきである。


注1:
本稿は下記の拙稿を加筆訂正した。

2004年10月の提言:『意思決定にゲーム理論を活用せよ!』

http://www.csconsult.co.jp/teigen/0410.html

注2:
ナッシュ氏の下記の論文を参照.

"Equilibrium points in N-Person Games," Proceedings of NAS(1950), pp.48-49.

注3:
ゲーム理論による立地戦略の予測に関しては下記を参照.

「ゲーム理論で読みとくコンビニの立地戦略〜データ推計で他社の行動を予測する」(2012年11月15日付け日経ビジネスオンライン)

http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20121105/239071/?P=1



【竹生孝央(ちくぶ・たかお)】(2011年より「孝央」と改名しました)

 


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