今月の提言


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6月の提言:『M&Aによる成長戦略の課題』

今年も株主総会シーズンがやってきてピークを迎えた。株主総会の話題はトヨタの新型種類株式やソフトバンクの高額役員報酬などが報道されていた。今年はM&Aが株主価値を向上させたかどうかなどは話題になったのだろうか。

2014年のM&A件数は2,285件で対前年比11.6%増とリーマンショック後の低迷から脱しつつある。特に、IN-OUT(日本企業による海外企業のM&A)は過去最高の557件で前年の58件増、全体の24%を占めた。ここ数年IN-OUTの堅調さが目に付く。一時は円高による割安感もIN-OUT増加の一因だといわれたが円安の現在、国内市場の縮小・成熟化に伴うエリアポートフォリオの見直し、既存事業の強化や多角化の一環として海外企業の資源を活用などグローバル展開への関心が高まった結果だ(注1)。

こうしたM&Aの動向の中で、識者やマスコミの中には確かなデータに基づかず、M&Aの成功確率は低いといった発言がある。例えば、「成功30%」、「IN-OUTでは5%の成功確率」、「M&Aはほとんど失敗」といった類だ。では、実際はどうなのか。この分野の実証研究で知られる井上光太郎氏(東京工業大学大学院教授)によると、日本企業の成功確率は50%だという。そして、実証研究の結果次の4点が明らかになった(注2)。
  1. M&Aは平均してみると株主価値を創出。
  2. 水平型M&Aの方が長期の株価パフォーマンスは良好。
  3. 社外取締役のいる企業のM&Aは長期の業績でもプラスの効果。
  4. 部分買収よりも、100%買収の方が事後のパフォーマンスが良好。
最初の3つは仮説を提示し検証されたものだ。2番目の水平型M&Aつまり同業他社のM&Aのパフォーマンスがいいのはシナジー効果を得やすいからだ。3番目はガバナンスが長期的業績にプラスの効果を与えることを示唆している。最後の結果も示唆に富む結果だ。100%買収で経営権を確立することがよい結果をもたらすということだ。

このように、実際の日本企業のM&Aの成功確率は5割で、M&Aの株主価値やパフォーマンスに及ぼす影響はプラスであるにもかかわらず、ネガティブな発言が目に付くのはどうしてか。恐らく、失敗の方が成功したケースに比べてメディアの露出が多いからだろう。そして、コメントする識者も失敗の方が課題を煽りやすいという背景があるかもしれない。

最近、M&Aの失敗もケースとして話題になったのはLIXILグループ(旧住生活グループ)である。近年、現社長藤森義明氏(元GE上級副社長兼日本GE会長)の下で海外の住設業界の同業企業を積極的に傘下に収めてきた。同グループは本年4月1日に水栓金具の中国メーカー、ジョウユウ(本社・独ハンブルク)を連結子会社化したが、巨額の簿外債務を抱えていることが判明したのだ。5月22日にハンブルク裁判所に破産手続きを申し立てているが、ことは優良企業のはずのジョウユウの実態は債務超過で深刻な不正が発覚しただけに、純資産が豊富な同グループといえどもガバナンスのあり方が問われる(注3)。

ところで、LIXILグループでどうしてこのような問題が起きたのか。私見では藤森氏以外のグローバル経営の手練が不足していたのだと思う。グローバル経営を積極的なM&Aで推進するにはトップ、CEOのリーダーシップとともに、トップを支えるグローバル人材層の質と量の充実が不可欠だ。この点は、LIXILだけでなく、他のグローバル展開中の日本企業も同様である。

とはいえ武田薬品のロジェCFOが電撃辞任し、スイス食品大手ネスレの財務統括に引き抜かれたとのニュースはグローバルな人材確保の難しさを象徴している。クリストフ・ウェバー社長がグローバル財務、子会社管理の懐刀として期待していただけに次のCFOの人選が急がれる。世界ではこうした引き抜きは日常茶飯事だが、それだけグローバルなタレント、有能な人材は少ないだけに、報酬を含めて日本のグロバール企業の課題は多い(注4)。

しかしながら、M&Aには成功の秘訣があることはよく知られている。この点に関して、この7月に退任する米国のシスコシステムズ(Cisco Systems)の会長兼CEOであるジョン・チェンバース(John Chambers)氏の言葉を思い出す。シスコシステムズはネットワーク機器の最大手として知られるが、チェンバース氏はIBMを経て、ワング・ラボラトリーズの上級副社長を務めた後、91年にシスコシステムズの会長兼CEOに就任した。就任時には同社の年間売上高は12億ドルであったが、8年後には100億ドルを超え、現在は470億ドル超える成長を遂げた。これは同氏があらゆるネットワーキング機器の分野でNo.1もしくはNo.2を目指し、組織拡大と企業買収を行った結果だといえる(注5)。

チェンバース氏は数多くのM&Aを踏まえて、成功の秘訣は次の5つだという。
  1. 二つの会社はビジョンを共有する。
  2. 短期的な勝利を獲得する(そうでなければ両社の社員がやる気を失う)。
  3. M&Aの背景に長期的な戦略をもつ。
  4. 両社の社員間の協力関係を築く。
  5. 両社が地理的に接近(そうすれば、有能な人材を失わずに済む)。
上記の5つは常識的な話だと思う向きもいることだろう。だが、この当たり前のことが日本企業で確実にできている企業がどのくらいいるだろうか。そして、大事なのは実証結果の4番目の経営権を掌握することで、買収した企業にトップを送り込んで自社のやり方でマネジメントを変えることができるかどうかだ。これはGEの元CEOウェルチ氏の持論だが、この点を踏まえて5つの秘訣を読むと実に含蓄があると思うのだがどうか。

M&Aは世間の通説とは異なり、成功確率は5割で株主価値の向上やパフォーマンスの改善に効果があることが実証研究より明らかになった。そして、M&Aで成功するには、買収した企業にトップ及び幹部を派遣して自社のやり方でマネジメントを徹底させることだ。それには、IN-OUTに注力すればグローバルなタレントをもつ人材、つまりチャンレンジと創造が出来る有能な人材は不可欠で、自社の卓越したマネジメント手法と人材の質と量が勝負を決める。

道は険しいがM&Aを積極的に活用すれば世界が見えてくる。その前にやるべき課題をいま一度チェックしてグローバル企業としての飛躍を目指してほしい。


注1:
M&Aに関する情報は株式会社レコフもデータによる.

注2:
M&Aの実証研究に関しては下記を参照.

「日本のM&Aの成功率は5割――実証研究の第一人者が検証し,課題を提示」(2014年5月号「マールインタビュー」, MARR Omline)

https://www.marr.jp/marr/entry/4225

M&Aの成功確率5%と発言する代表例は下記を参照,

「日本企業の海外企業M&A急増 成功率は「5%」(2015年3月22日「大前研一のニュース時評」, zakzak)」

http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20150322/dms1503220830004-n1.htm

注3:
LIXILグループの記事に関しては下記を参照のこと.

「LIXIL、優良子会社はなぜ破産したのか」(2015年6月7日付「東洋経済ONLINE」)

http://toyokeizai.net/articles/-/71470?display=b

注4:
武田薬品のCFO退任に関しては下記を参照.

「フランソワ・ロジェCFOの退任について」(2015年6月24日「武田薬品ホームページ」)

http://www.takeda.co.jp/news/2015/20150624_7046.html

「ロジェCFO電撃辞任:武田、グローバル経営に試練」(原文は2015年6月25日「日経オンライン」)

http://kininaruwatcher.blog.fc2.com/blog-entry-383.html

注5:
下記の拙稿から一部を引用,加筆訂正した.

2012年4月の提言:『成功するM&Aの秘訣とは?』

http://www.csconsult.co.jp/teigen/1204.html



【竹生孝央(ちくぶ・たかお)】(2011年より「孝央」と改名しました)

 


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